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2006年09月26日

自治体の役割

 昨日、大津地裁で、栗東市の起債についての判決がありました。私の理解では、起債要件を厳格化するとの司法判断のようです。最終結果はわかりませんが、改めて今日までの地方自治の姿について、少し立ち止まって考える必要がある、との思いを深くする事件です。今盛んに、自治体業務の仕訳作業が各地でなされています。住民の福祉向上や要望実現のためとして、拡大し続けてきた業務範囲を、この際、身の丈にあった姿に整理縮小することは、至極当然のことだと思います。改めて、納税者は行政に何を求め、どのように自治に参加するのかを考える必要があると思います。しかし、こうした状況下にあると、人々の志向は内向きに、且利己的な側面が強くでくるような気がします。一昔前(10年程度)のような裁量権は無い、今日の地方自治において、自治の本質が問われるのではないでしょうか。

2006年09月25日

歴史認識

 先週は、友好関係にある韓国春川市の交流団体とのお付き合いに明け暮れました。色々と文化の違いを勉強することが出来て、楽しいものがありました。交流の中で、近く始まる彦根城築城400年祭にも協力の申し出があり、思わぬ成果があったと考えます。私が昨年春川市を訪れたとき、英語はもとより、日本語・中国語のPRヴィデオを用意して、外国人観光客の獲得に取り組んでいたことを思うと、日本の自治体で、春川のPRが出来る好機と考えたのか、その積極性に感心します。以前も書いたことがありますが、アジア諸国でいろんな地域が発展し、そこそこの富裕層が見られる昨今、彦根市も国際的なアピールが必要な時代になってきたと考えられます。自治体の観光事業もグローバルな競争の中にあると認識すべきでしょう。ただ、交流を発展させて行く上で、注意しなければいけないこともあります。やはりそれは、価値観や文化の違いでしょう。ある方が次のような指摘をされました。ブームとなった韓流のドラマのほとんどが、過去の出来事から始まるそうです。ストーリーを展開するための前提として、主人公の記憶が重要になるとのことで、韓国のドラマには必要なのだと。それに比べ、日本人は過去よりも未来に対して前向きのような気がします。少し飛躍するかもしれませんが、歴史認識の外交問題化は、国民性の違いからだとすると、解決は非常に困難と考えられます。それほど困難な問題なら、時間を掛けて交流を進めてゆくしかないかもしれません。そう思うと、地道な草の根交流が必要だ、と改めて思います。

2006年09月15日

ハングル

 昔留学中のことです。料の隣の部屋に韓国人の学生が居りました。たまに電話で話されるハングルが、日本語のように聞こえて、おかしく思ったことがあります。日々に接する言葉が英語であったからか、やはり言語としては近いのではと考えていました。しかし、最近彦根市の国際交流事業に関わっているために、少しですがハングルを勉強しようとしています。学生時代に戻ったような、フレッシュな気持ちにもなりますが、やはり以前のような記憶力は無いようです。脳の活性化には役立つのではと期待しながら、気長に取り組みたいと思います。

2006年09月14日

敬老会

 今日は朝から地元の敬老会に、社会福祉協議会の役員として参加しました。私が社会福祉協議会に関わって、もう15年ぐらいになるのですが、地域の高齢化率が上がっているのとは反対に、年々参加者が減っています。ここ数年、参加対象者の年齢を上げているために、参加者が絞られるのですが、これには2つ要因があります。ひとつは、老人扱いされたくないと考える人が増えていること。そして今ひとつは、行政からの補助金が年々削減されていることです。前者は喜ばしいことだと思いますが、後者は当然ながら受けがよろしくありません。しかし注目すべきは、不満を口にする方々が実に多いのですが、同時に、市の財政難を慮って、止むを得ないと理解する人も多いようです。行政側から見れば、長年の宣伝効果が出てきていると評価されるのかも知れません。私自身、政策の中心が財政再建でしたので、方向性は間違っていなかったのではと思いますが、しかし、最近私は、財政危機の議論が少しおかしいのではと感じ始めています。今はまだ頭の中を整理中ですので、纏まり次第ブログに書きたいと思っています。今いえることは、(当たり前のことかもしれませんが)健全財政を確立することが、政治の目的ではない、ということだけでしょうか。

2006年09月13日

彦根市議会

 今朝彦根市役所に用事があったので、ほんの僅かな時間ですが、久しぶりに市議会を傍聴してきました。以前報道で伝えられていましたが、本会議場が国会の予算委員会のように、質問者と理事者側が向かい合って、一問一答形式で行われていました。たまたま質問者が○○党の議員さんで、ある事に執拗に詰め寄っていました。傍聴者に配布されている質問事項を見ながら、到底持ち時間に終わりそうにないので、第3者からすると、ある種気の毒になります。議会ではこれまでも、あらゆる手段で、特定の人たちの質問を制限しようとする多数派が要るものですが、少数派にも一ひねり欲しいものです。質問の形式の良し悪しを論評するつもりはありませんし、その形式によって議会としての違った成果が生まれてくるかもよくわかりませんが、今流行とはいえ、保守的な街で新たな取り組みがされていることに敬意を表したいと思います。

2006年09月11日

9.11

 ある人から、ブログは毎日書いていたら続かない、と言われ、これ幸いにサボり始めたら、あっという間に1ヶ月の空白が出来ました。一月の内に季節も秋に変わりつつあり、何か時間を無駄に過したような気になり、また書き始めます。そして、気付けばあの9.11事件からもう5年が経過したのですね。あの事件はまったく信じられない悲しい出来事ですが、その後伝え聞くあまりにも悲惨なイラクの状況を思うと、実にやりきれないものがあります。戦争のようなあらゆるものの一方的な消費は、長期的に見て得するものではないように思えるのですが、何故に止めることが出来ないのでしょう。厄介なことです。